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2006年3月26日の火災で全焼した「ぬりや泉町大通り店」が再起を望むお客さんの励ましの声に後押しされ8月1日から営業を始めた。
8月12日、Tさんが再び火災前の輝きを取り戻そうとしている「ぬりや泉町大通り店」 の実食レポートを特別寄稿して下さった。 |
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「ぬりや泉町大通り店」との再会
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| 今年 3月に火災で全焼して休業中だった水戸の『ぬりや泉町大通り店』が、8月 1日から営業を再開したと「うなぎ大好き日記」に出ていたので、早速、いわきから一人で足を伸ばしてみた。
水戸市内の繁華街を通る国道50号線沿いの同じ場所に新装なった店は、外から見る限り焼失した以前の店と寸分変わりなく、まるで昔からそこにあるかのようであった。【1年前の写真と見比べると、2階の屋根勾配と、破風の形が変わったのと、天井裏換気口が新たに設けられた点が違っている。ハッキリ分かるのは隣のクリニックビルの上部に、新たにクリニックの名が書き加えられたことである。】
開店は11時30分なので、時間を調整して11時25分頃に店に着いたところ、既に店先には7〜8名の人達が集まっている。店が開いたのは11時33分だったが、殆どの客が既に予約してあったらしく、帳面にチェックされながら席を割り振られていく。私は今まで通り予約なしで行ったので、一瞬、ドキッとしたが、ちょっと待たされた後、漸く小上がりの4人用テーブルに案内された。「今度来る時には予約した方が良さそうだな…」と思いながら2,650円の上鰻弁を注文した。【この店では蒲焼きとご飯が別々になっているのを「鰻重」、ご飯の上に蒲焼きが乗っているのを「鰻弁」と呼んでいる。】 席が確保され注文も済んだので、先ずは落ち着いて店内を見回す。入り口から入って直ぐ左には二階に上がる階段があり、その横が勘定場になっている。右側には4人用テーブルが二つ置かれた個室があって、位置的には前と変わらない。 その奥、通路を挟んで左側のテーブル席は、以前は間仕切りを境に左4人席、右2人席が各二つずつあったのが、4人席二つだけとなった。また右側の小上がりは数としては以前と同じだが、通路左側の2人席がなくなった分だけ広々とした4人席二つとなった。唯、調理場と客席との仕切りの上に掲げてあって目を惹いた「千客万来」の大きな額は失われていた。 今回、入り口から右手の小上がりに初めて案内されたが、以前は暖簾で隠されていた調理場が、開口部が大きくなって暖簾がなくなった分だけ視界が良くなり、ここからだと奥の焼き台の一部と調理場を垣間見ることが出来る。既に主人が鰻を焼いていたが団扇を持っていないので、再び電気の焼き台を使用しているようだ。 この店は、4人用のテーブルでも一人客が座ると相席にしないのが従来からのモットーだったが、その美風は今だに残されていて、相席にされるかどうか不安な気分にならずに、ゆっくりとくつろぐことが出来るのは嬉しい。唯、目の前の3人分の空席を見ながら、店の再開を知って来た多くの客に「只今。満席でございますので…」と断りを入れる女店員の声を幾たびも背中に聞くのは、何とも心苦しかった。 |
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| 注文して約35分、上鰻弁が届いた。奈良漬け・柴漬けを始め数種類の漬け物が入った小皿、ウズラの玉子と大きな肝が入った肝吸いは以前と変わらない。そしてまた朱塗りの重のフタを取ると、金色の内側、大きくて艶のある見事な蒲焼きも同じである。
最も気になっていた蒲焼きを一口食べて、何よりもふっくらとした柔らかさと脂の乗り、更に辛口系のタレの味には、何も変化がないように思えた。上鰻弁に添えられる特製山椒の新鮮な香りも変わりがない。私にとって半年ぶりの懐かしくまた美味しい鰻弁に嬉しくなって、後は唯ひたすら頬張るだけであった。食事の終わり頃を見計らって出される番茶のサービスも以前と同じである。
帰り際、若いおかみさんに「火事の時、タレは持ち出すことが出来たのですか?」と聞いたところ、「命よりも大切なタレは、主人が真っ先に持ち出しました。お味に変わりはなかったでしょうか?」と逆に尋ねられてしまった。 約五ヶ月間の休業の後に再開して未だ十日余り、ホール係の6〜7名の女性の一部に、調理場との連絡や客へのサービスに不慣れな面が見受けられたが、先ずは嬉しい『ぬりや泉町大通り店』との再会であった。 |
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