飛 鳥 


〒963-0000  福島県郡山市名郷田 1丁目14 
Tel:024-931-6733

飛鳥 外観  福島県の県庁所在地は福島市であるが、自他共に認める福島県第一の都市は郡山市である。郡山市の人口は33万で福島市の29万を上回り、商工業を始め文化面でも福島市を凌ぐ。また、上野⇔仙台・青森と、いわき⇔会津若松・新潟の東西南北を十文字で結ぶ交通の要所でもある。
  その郡山には十数軒の鰻屋があり、色々と廻ってみたが、私は「飛鳥」の鰻が気に入っている。【鰻は勿論だが、店の教育が行き届いているせいか、近頃では珍しく若い女子従業員の応対がきちんとしていて、気持が良い。】

飛鳥 入口 「飛鳥」は郡山市街の北部、4号線バイパスの不動前交差点から郡山駅の方に向かって車で約5分、左側道路沿いに大きく「飛鳥」と書いた看板が目印の、瀟洒な店である。【東北道「郡山IC」からも車で 5分ほど】
 広い駐車場に車を止め、細い植え込みを通ると左手に入口があり、入って右がテーブル席、左が小上がり、その奥に座敷がある。中央に広い厨房を配置した内部は、比較的新しいだけに清潔感が漲り、坪庭などの凝った造りを随所に見ることが出来る。【店内に流れる琴の音は不要だと思われるが…。】

飛鳥 店内 初めて「飛鳥」に行った時、二段の鰻重『雅』(3,700円)を注文した。待つこと約40分、運ばれて来た深めの重の蓋を開けると、ご飯が見えないほど重一杯に敷き詰められた蒲焼きが目に入る。焦げ目が若干見えるが焼きはとても丁寧である。手にずっしりと感じる重を持ち、期待しながら口に入れると、ホロッと崩れる蒲焼きの柔らかさを舌先で感じることが出来る。タレは若干甘めであるが、炊きたての御飯と馴染んで美味しい。 食べ進んでいくと、御飯の中から埋もれた蒲焼きが顔を出し、思わず頬が緩んで来る。しかし、重の底の御飯にタレが多過ぎる感じは否めない。これは大袈裟に言えば、どうも重力の問題が絡んでいるように思われる。

鰻重二段 二段の鰻重の手順としては、先ず下段のご飯を盛り、そこにタレをかけ蒲焼きを載せる。その上に再度ご飯を盛り、タレをかけて蒲焼きを載せて二段の鰻重にするわけだが、上のご飯にかけたタレが自然の法則によって最下段に移動してしまうからではないか。
 「二段の鰻重には構造的な問題があるな」と思いつつ箸を進めた。【この件について、つい最近行った時に「一番下のご飯にはタレをかけないで。」と頼んでみた。結果は大正解で、丁度良い塩梅となっていて、最後まで美味しく食べることが出来た。】  この「飛鳥」の二段の鰻重は鰻の量も多いがご飯の量も多く、食べ終わると本当に満腹の状態で店を出ることになる。

鰻重一段 白焼き肝吸い

 次の機会に「飛鳥」に行った時には、一段の鰻重『舞』(2,500円)を注文した。ご飯に乗った蒲焼きの占有率と御飯に埋まった蒲焼きの分だけ、「二段」より鰻の量は少なく、またご飯も少ないが、鰻と御飯のバランス、タレの掛かり具合、どれも価格の高い「二段」の鰻重を上回るほどであった。蒲焼きの素晴らしさと御飯の美味しさは、勿論二段と変わりない。 私にとって、むしろ量的にはこのくらいの方が適量だと思われた。
バラ焼き ところで、最近「飛鳥」で別の美味しいものを見つけた。鰻の「バラ焼き」と「ヒレ焼き」である。たまたまメニューを見ていて目についたので、酒のつまみに頼んでみた。しばらくして出て来たのは、串に刺してタレをつけ、そして焼いたものだった。
 「ヒレ焼き」というのは、その形状と色から鰻の背鰭を集めたものだということが分かるが、コラーゲンたっぷりのプルプル感と鰭の小骨のシャギシャギした噛み応えのバランスが絶妙だった。そして何とも言えない脂っぽさがタレとマッチして、とても美味い。【後日、なぜかその感触が唇に残っていて、無性に「ヒレ焼き」を食べたくなったことを白状しておく。】

ヒレ焼き  「バラ焼き」というのは、「バラ」という名前と構成された肉の形状から、恐らく首の周辺の胸に近い部位の肉を集めたものだと思われる。【バラというのは、肋(アバラ)から来たと考えられるが、背裂きの『飛鳥』で肋に近い部位は切り落とした頭部の周辺にしかないからである。】これも柔らかくて美味しいものだった。
   夫々、串1本分にまで蓄積するには十数匹の鰻が必要だと思わるが、両方とも 320〔円/本〕 という思いの外の安価な未知の味に、舌鼓を打った。

  メニューは隅から隅まで、十分吟味する必要があると教えられた「飛鳥」であるが、一つ気になっていることがある。それは、いつ行ってもこの店が比較的空いていることである。【郡山駅から10qほど離れていることと、無縁ではないと思われるが…】
 しかしこの「飛鳥」に客が並ぶようになると、大量の鰻をさばかなければ出来ない「ヒレ焼き」「バラ焼き」が口に入りにくくなるのではないかと思うと、複雑な気持になってしまう。