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秋の週末、3ヶ月振りに「尾花」を訪れた。今回は、年に1〜2度顔を合わせて旧懐を暖めている小学校以来の友人2人(その内1人は女性)と一緒で、「飛び切り美味しい鰻を食べに行こう。」と私から切り出した話である。
「尾花」は3人連れなら3人揃わないと店に入れて貰えない。長い行列の中、目の前で後ろの人に先を越されるのは悔しいので、あらかじめ上野駅で待ち合わせることにした。そして、開店の11時30分を狙って上野発11時10分発の常磐線で南千住に行くつもりだったが、早めに顔が揃ったため10時52分発に乗った。
南千住駅で降り、回向院の脇を通りながら「少し早かったかな?」と「尾花」に向かうと、未だ11時10分なのに既にもう20人ほどの行列が出来ている。「早めの電車に乗った判断は正しかったね。」と言いながら並んでいると、常磐線の電車が南千住に着く度に行列が少しずつ伸びていくのが実感として分かる。
11時25分、シャッターが開いて行列が動き出す。今までは女性の店員が「尾花」の暖簾の前で夫々の人数を確認し、店内に「何名様」と告げて小机を並べ直させ、客を席に案内していた。ところが今回は女将さんが出て来て、案内されるままに行列は門をくぐって左側の客溜りのような前庭に移動、そこで彼女に夫々の人数を告げ、暫く待たされた後「何名様!」と呼ばれて店内に導かれた。
畳敷きの店内の机の配置は、従来は電車で言えばロングシート【お稲荷さん側の窓を背にして向かい合う形】3列だったのが、今年の4月からクロスシート【お稲荷さん側の窓を横に見て向かい合う並び】となった。この方が隣の客との間隔が開くので、落ち着いた感じがする。
席に座ると直ぐ、店員がメニューを持って注文を取りに来た。以前、食べ較べた結果では、「尾花」の鰻重は蒲焼きの大きい順に価格が3,500円・3,000円【これだけ黒い丼に入ってくる】・2,500円の3段階に分けられているので、脂の乗りは大きい
3,500円のが一番だ。逆な言い方をすると、その脂の乗りゆえに鰻重だけで満腹になってしまう傾向がある。「う巻き」「うざく」「焼き鳥」その他食指の動くものは色々とあるのだが、今回は鰻重最重点ということで3,500円の鰻重と肝吸い(300円)だけにする。
注文したのは11時30分、店員から「鰻の追加注文は出来ませんがよろしいでしょうか?」とお決まりの台詞で念を押された。
我々が注文した後も、店内は絶え間なく客が入り続け、11時50分頃には70近い席が満杯となった。それ以降の客は不運にも店に入ることが出来ず、暖簾の外で待たされることになる。しかし、店内の幸せ者も新香・う巻き・うざく・焼き鳥を肴にビールや酒を飲んでいる客ばかりで、先頭の客に鰻が来るまで蒲焼きを食べている人は誰もいない。考えてみればおかしな鰻屋の一時である。
今日は幼なじみの3人なので懐かしい話が弾み、待ったという感じが殆どないままに12時10分頃、先頭の客に鰻重が運ばれて来た。後は我々の順番を待つばかりだ。「尾花」では蒲焼きが出来上がる5分ほど前にお新香の小皿が出される。「もう直ぐ出来るから、そのつもりでね…」という感じである。そして肝吸いと鰻重が到着することになる。
心の準備をしていると、何となく客のざわわめきが起こり、皆の視線が一方に集中している。視線の先を見ると、男性二人客の前に50センチほどの大皿に乗せられた時価!の「蒲焼き」が届いたところだった。少し遠いので「大串」か「中串」かは判然としないが、水色の大きな皿の堂々たる大きな蒲焼きは周辺を睥睨していた…。
しばらく彼方に心を奪われている間に、我々の前に肝吸いと鰻重が届いた。時計を見ると12時20分、今日は注文してから50分かかったことになる。重の蓋を取ると焼け焦げのない美しい蒲焼きが重一杯に敷き詰められていて、下のご飯が見えない。友人は「蒲焼きが黄金色だッ!」と思わず声を上げ、「凄いね!」「美味そうだな!」と言いながら、その見事な鰻重を見つめている。
「尾花」の鰻重は上から箸を入れた時、どこまでが鰻でどこからがご飯かが分からないほど柔らかい。そしてご飯は炊きたてで熱いが、その上に乗っている蒲焼きはご飯より更に熱いのだ。裂きたて焼きたてで出来上がったばかりの蒲焼きに感激する。このふっくら感はどこから来るのだろうか。甘さを抑えた辛口のタレも好ましい。正に「尾花」の鰻と対峙する至福の時である。
ふと顔を窓に向けると、店に入れない客の人波が更に多くなっている。この外の景色が、鰻重をさらに美味しくさせる要素になっていると言ったら、私の品性を疑われかねないが、その気持が全くないと言えばウソになりそうだ。ただ逆に、外で待つ客がチラチラ目に入るので、酒を飲みながらゆっくりと落ち着いていられない感じは「尾花」ならではの欠点かも知れない。

しかし「『鰻の蒲焼き』『鰻重』はかくあるべし」との条件を全て兼ね備えているのは「尾花」の鰻だと言うことが出来る。その判断は、私が19年前の昭和62年に初めて「尾花」の鰻を食べた時から、一度も揺るいだことはない。
今回、一緒に行った友人の一人は「俺はどちらかと言うと味にうとい方だから、その俺に『日本一の鰻』の味が分かるかどうか…」と心配していたが、その彼も「美味しい鰻だった。本当に美味しかった…。」と只々感動していた。
12時40分に店を出た。南千住駅から常磐線脇を通って「尾花」に向かう往きの道は大きな期待と共に足早に歩いていた。その同じ道を逆に向かって帰る道は、大きな満足感に浸りながらゆったりと歩くことが出来た。なぜか景色までも違って見える。
その晩、「尾花」に行った友人二人からメールが届いた。「鰻を食べながら一杯やれなかったのがちょっと心残りだった…」「楽しい会話とうまい食事。幸せだった。僕は食事そのものを目的にしたという事はあまりないんだけど、たまにはいいね、こういうのも…。」
これで友人2人と共感出来るものが更に一つ増えた。そして「尾花党」入党者がまた2人増えたことになる。
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