うなせん 


千葉県香取市小見川5628
TEL 0478-82-1804
月休 
11:30〜14:00、17:00〜19:00(売切れ仕舞)

 「うなぎ大好き」で9月から11月の期間、利根川の下り鰻を香取市小見川の「うなせん」で食べることが出来るということを知った。下り鰻というのは、成熟した鰻が繁殖のため海に下ろうとする時期に捕れた、鰻の生涯で最も脂の乗ったものである。数が少ない天然鰻なので必ず予約が必要とあったため、満を持して9月になって直ぐ電話したところ、「今年は未だ捕れてないんです。」という思いがけない言葉が返って来た。【勿論、普通の蒲焼き・鰻重はある。】鰻を捕るのは近在の農家の人達なので、今夏の異常気象で遅れ気味の稲刈りの時期と重なったためだそうだ。

 しかし、9月27日になって「うなせん」から「下り鰻が捕れた」との電話が入り、わざわざ連絡をくれたという嬉しさもあって、三日後の 9月30日の正午に行くことにした。
 当日、勇んで小見川に出かけたところ、「うなせん」は河口から約30q、堂々たる川幅の利根川から700mほど離れた国道44号線沿いにあった。 開店の11時30分より15分ほど早めに着いたので、しばらく周辺を散策してみる。店のすぐ脇には水路のような運河があって、漁具を乗せた川船が至るところに係留されている。周辺ののどかな田畑風景と合わせ、ここ小見川が漁業・農業の両面で利根川の恵みを受けていることが分かる。

 開店時刻になっても暖簾が出ないので、どうしようかなと思っていた矢先、十数名の団体が店に入って行ったので、私もその人達の後に続いた。彼らは二階に上がったが、私が入った店の一階客席はL字型になっていて、入り口左【運河側】にテーブル3つの小上がり、それに並行して細いテーブルが1つ、そして入り口直ぐ右手に向かい合う 4〜 6人分程のテーブルが1つあった。【L字型の右手奥が厨房となっている。】
 名前を告げると店の奥さんから「12時のお客さんですね。」と確認され、「もう少し時間がかかりますが…」と言われた。私の予約が12時だったので、それをメドに既に仕事をしていたらしい。11時32分、席に着くとしばらくして鰻の兜煮とお新香が出てきた。薄切りの生姜と共に甘く味付けされた兜煮は骨まで柔らかく、鰻自身の味が濃く出ていて美味しい。奥さんに「圧力釜で煮たんですか?」と尋ねたところ、8時間ほどかけて煮ているとのことだった。

 待つことしばし、本命の鰻重が出て来たのは12時 5分だった。 期待を込めて蓋を開けたところ、縦12p×横19pの重を覆う巨大な蒲焼きが一枚、ドンッ!と乗っていた。しかもその蒲焼きの身の厚さは実に 2p近くあり、元の鰻の大きさを想像するだけで、恐ろしくなるほどだ。その蒲焼きの形から、首から直ぐ下の部位のようだが、一口食べてみるとアツアツでふっくらと柔らかく焼き上げられている。普通の養殖鰻よりも「焼き」と「蒸し」に、かなり時間を加えていると思われる。しかし、これだけの大きな鰻である。人一倍分厚い皮まで身と同じ柔らかさにはならないので、その厚い皮が口に残るのである。また、蒲焼きを箸で取ろうとすると、身がホロホロに柔らかいので下の皮を取り残してしまうことがある。天然鰻の腹に見える縞模様は、絹織物の綸子に似ているところから高知では「リンズ」と呼ぶそうだが、その綸子模様を正に裏から見ることが出来た。
 肝吸いは塩味を抑え、三ツ葉の香りの高いものであったが、肝そのものは普通の肝の倍以上はある大きなものであった。その表面のザラ付きと苦みは、食べ慣れた肝吸いの肝とは、全然、別なものに感じられる。
 ところが、蒲焼きの量と脂の乗りは相当なものなので、半分食べたところで早くも一息つきたくなった。丁度その時、娘さん【年格好と顔付きから、直ぐに奥さんの娘さんだと分かる。】が「蒲焼きに意外と合いますから…」とワサビを持って来たので、直ぐ試してみた。すると、この甘口のタレの蒲焼きにキレが生まれて来るのだ。結局、以降は全てワサビを付けて食べることになったが、これは圧倒的な量の蒲焼きを平らげるのに、ワサビで舌先に変化をつけざるを得なかったというのが正直なところだ。

 やっとの思いで食べ終えた時、奥さんから「鰻、見ますか?」と呼ばれて店先に出ると、黒い容器の中に全体が黄色に覆われた太さ10p、長さは1m以上ある太く大きな鰻が二匹、氷でしめられていた。それを見た瞬間、「胸が黄色いので『胸黄』(むねき)が『うなぎ』に変化した」という説は本当だということを実感した。更に、大きな天然鰻のことを利根川流域で言われる「ボッケ」または「ボッカ」というのは、「棒杭」が訛ったものではないかという確信も持つことが出来た。【それほど太い!】
 そしてまた「お客さんが食べたのは、これよりも一回り大きかったんですよ。」との言葉に、今一度ビックリさせられた。最近は捕獲量が極端に減ったそうだが、それでも滔々と流れる「板東太郎」には、未だこれほど大きな鰻が棲息するだけの懐の深さがあるのだなと改めて感心させられた。

 また、この鰻を捕るウナギカマという大きな鉄製の鎌も見せてくれた。【写真を撮らなかったことが、つくづく悔やまれる。】小見川周辺ではこのウナギカマを曳いて、川底にいる鰻を引っかけて捕る。傷付いた鰻は永く保たないため、この近場でしか食べられないのだそうだ。【「下り鰻」は絶食期に入ると餌を取らないので、釣り上げることが出来ない。】

帰り際、私がいわきから来たと聞いた奥さんは「私は福島県中通りの塙で生まれ育ったんですよ。遠いところをわざわざどうも有り難うございます。」と言って、最初に出た兜煮を10数個持たせてくれた。
 土産を貰ったから言うのではない。娘さんの感じが良かったから言うのではない。今や貴重な天然鰻を苦労してより美味しく客に食べて貰おうというご主人【会えなかったが…】の信念と、奥さんと娘さんの気配りの籠もった、とても気持の良い店であった。
 店のテーブルに「『天然』利根の下りうなぎ 3,000円〜7,000円」という紙が貼ってあったが、今回、兜煮・お新香・鰻重・肝吸い、そして初物のミカンのセットで 7,000円だった。しかし、鰻好きの私にとって、念願の利根川の下り鰻、しかもその図抜け一番の超大物を舌と目で初めて体験出来たことを考え、先ずは納得の範囲と思うことにした。

 尚、この日は異常な満腹状態が続き、半日経った午前零時頃までモノを口に入れることが出来なかったことを、最後に報告しておきたい。