蒲焼きの「焼き」と「蒸し」について


 

  私は鰻が大好きだ。北は北海道の釧路から南は熊本県の八代まで、転勤族として全国を渡り歩きながら、美味しい蒲焼きを探し廻ってきた。

 しかし、同じ鰻の蒲焼きでも、ご承知の通り関東と関西では料理法が異なる。関西は直火焼きなので、内部は柔らかくても表面がパリッとしている。関東は途中に「蒸し」の工程が入るので、全体にふっくらと柔らかい。これは、関東の鰻は冬の寒さを過ごすので関西より脂が乗っているため、脂を落とす目的で、焼きの工程の中で一旦、時間をかけて蒸すのだと聞いた。
 ところが、「焼き」に「蒸し」が加わって工程が多様になった分だけ、関東の蒲焼きは店によっての個性が広がったように思う。
 その数ある鰻屋の中で、私が一番気に入っている店は南千住「尾花」だ。「尾花」の蒲焼きは、全く焼け焦げが見られず、蓋を開けた時に思わず声が出るほど見た目の姿形が素晴らしい。口に入れれば、あくまでふっくらとして柔らかく、箸を入れればどこまでが鰻でどこからがご飯かが分からない。脂の乗りも十分である。【一番高い 3,500円の鰻重を食べると、途中で箸を休めなくてはならないほど満腹になってしまう。これは蒲焼きの物理的な大きさからではなく、大きい鰻はそれだけ脂の乗りが多いからだと思われる。】タレは辛口だ。

 
尾花・店先
尾花・外観
尾花・店内
尾花・セット
尾花・鰻重
尾花・肝吸い
 

 一方、麻布「野田岩」もファンの多い鰻屋である。「野田岩」の鰻こそ日本一と押す人も少なくない。しかし、何回か足を運んだものの、私にはどうもそれほど美味しい蒲焼きには思えないのである。「野田岩」の蒲焼きは丁寧に処理されて焦げ目こそ見えないが、身が痩せていて何となく貧弱に感じるのだ。そして口に入れた時のふっくらとした柔らかさに欠けるのである。また、蒲焼きを食べていると、なぜか鰻の身のバサバサした繊維状のもの口に残る。辛口のタレは、さすがに東京の銘店だと思えるが…。
以上のように東京の鰻屋の双璧「尾花」と「野田岩」の蒲焼きには、両極端と言えるほど差がある。そして私の表現が一方に偏っているのは、子供の頃から私に刷り込まれた「美味しい鰻」の条件を「尾花」が全て満たしているからである。私の「美味しい鰻」の条件とは下記の3点である。
【勿論、これも私自身の勝手な思い込みと好み以外の何ものでもないが…。】
 @鰻自身の脂の乗りと川魚の味がしっかり味わえること。  
 A口に入れるとふっくらとして柔らかいこと。
 B蒲焼きは見た目に焦げ目がなく姿が美しいこと。

 ここで蒲焼きの工程を考えてみると、先ず鰻を裂いて串に刺し、素焼きにする。鰻の皮を柔らかくするのはこの素焼きが大切で、強い炭火の上で焦がさないように素早く手返しする必要がある。と言って商売だから一つの鰻にかかりっ切りになるわけにはいかない。品質と生産高の折り合いをつけることになるが、火力が強いから手早く何度も手返ししても、焦げ目がつかないというわけにはいかない。そこで、この焦げ目の大きさによって職人の腕が分かる。焦げ目が米粒大なら相当腕の良い職人だと聞いたことがある。【出てきた蒲焼きに箸をつける前に、ひっくり返すような無粋なことはしたくないので見たことはない。しかし、表面の焦げ具合で類推することが出来る。】

 
野田岩・店先
野田岩・外観
野田岩・店内
野田岩・セット
野田岩・鰻重
野田岩・肝吸い
 
 素焼きが終わったら、蒸し器に鰻を移す。蒸しも非常に微妙で、時間が短すぎると脂臭さが残るし長すぎると身が崩れてしまうので、本来は鰻の個体の大きさと脂の乗りに合わせて時間を調整しなくてはならない。数十分間蒸し器で脂を落とした後、再び焼き台に乗せ、夫々の店秘伝のタレが入った容器に浸けた「照り焼き」という形で数回焼きを繰り返し、ようやく蒲焼きが出来上がる。
 ところで「焼き」と「蒸し」を、加熱による物性の変化いう観点から見てみると、次のようになる。【あくまで私見であるが…。】
●焼き : 直火で加熱→表面温度上昇→表面の水分が蒸発→表面が硬化→
       焼ける・焦げる→水分が蒸発したことで全体に収縮→厚さが減る。
●蒸し : 蒸気で過熱→全体温度上昇→脂分が液化・滴下→全体的に柔らかくなる→
      焼け焦げは出来ない→収縮はない→厚さに変化はない。

 ここまで読んで分かって頂けたと思うが、「尾花」の蒲焼きは「蒸し」の特徴が強く出ている。「野田岩」の蒲焼きは「焼き」の特徴が色濃く出ている。ということは同じ関東風ではあるが、より「蒸し」に比重をかけたのが「尾花」の蒲焼きであり、より「焼き」に比重をかけたのが「野田岩」の蒲焼きだということにならないだろうか?

 「『焼き』だろうが『蒸し』だろうが、そんなこた美味けりゃどっちでも構わないじゃないか!」という向きも多いと思う。しかし、その辺りのことを、諸先輩そしてプロの鰻職人からお教え頂ければと思っている。